一人でゲーム作るのは大変

どうもIT-Searcherです。

開発中ゲームのことを語るにしても、画像交えてじゃないと伝わりづらい。
だからといって開発中画面をキャプチャーするとしても、まだお見せできる画面は少ないですから、あっという間にネタ切れになってしまう。

そういう事情がありますので、今日は息抜きがてら開発の苦労話をしてみたいと思います。

一人で作れるゲームなんてたかが知れてる

そもそもゲームって一人で作るもんじゃない。チームで作るのが一般的です。
ゲーム黎明期のファミコンですら数人のチームで作るのが一般的でした。

理由は簡単。
やるべき事が複数分野にまたがるので、それなりのクオリティを出すためには分業するしかないんです。

絵を描く人、音楽を作る人、文章を書く人、それらを統合するプログラムを作る人。
さらにはゲームを販売するために営業をする人。

もっと細かくいうなら、説明書を作る人、ゲームをテストする人、ゲームソフトの物理媒体を製造する人…

沢山やる事がありますね。
これらを一人でやるのは、まあ規模が小さければ出来なくもありません。

しかし各行程のクオリティはどうでしょう。
これだけの多岐に渡った分野すべてで良い仕事ができる、規格外の多才さを持った人間など存在しません。

一人で作るには時間がかかりすぎる

上記の内容とやや重複しますが、やる事が沢山あるから当然時間もかかる。
時間がかかるから開発途中で情熱が失われ、開発が頓挫することはザラにあります。

たとえまともに形にするまでに膨大な時間を費やし、やっと動かせるレベルに達しても、いざプレイしてみるとつまらない。なんてことも多々あります。

私は若いころにゲーム制作の専門学校に通っていました。

行き場のない馬鹿なオタクを集めて、金ぼったくって、基礎的な事だけ教えて、あとは遊ばせとくような学校です。

そんな学校で幸か不幸か、自身にプログラムの才能があることを発見してしまったのです。

独学で応用プログラムを勉強し、1年くらいかけて開発した自作ゲームは卒業制作で良い成績を収めました。

その成功体験に引きずられ、卒業後は就職もせずフリーターをしながら自作ゲームを開発。
(なぜゲーム会社に就職しなかったのかは未だに謎)

開発過程で文章と音楽の才能が開花するものの、開発に2年くらい費やしたゲームはつまらなかった!

この失敗に懲りてIT業界に就職。
しかし派遣と過労のデススパイラル…

うぬ、脱線してしまいましたね。
とにかく一人でゲームを作るのは時間がかかるのです。

ひとりよがりなゲームは駄目

とはいえIT業界での経験は多いに役立ちました。

ビジネスソフトの開発が主な業務だったのですが、まあ一人でゲーム作るような変人でしたから、入社当初からビジネスソフトなんて完全に興味がないって自覚しちゃってる。

本当に冷め切ってる。めっちゃ割り切って仕事してました。

ですのでIT業界でよく見かける「これは私の作ったソフトなのよ!私の考えた仕様に間違いはないのよ!ムキーッ!」てな感じで、ソフトの仕様にこだわる人にはなりませんでした。

新人の頃から「これは客が使うソフトだし、客の要望に従って仕様変更するよ。このソフトがどう使われるかなんて興味ないよ」という感じでした。

これが良かった!この姿勢のおかげで多くを学びました!

これはゲームも同じなんです。ゲームはユーザーが楽しむためのソフトウェアなんです。
開発者の自己表現欲求を満たすためのものではないんです。

かつての私が失敗した要因は、我が強く、ひとりよがりな姿勢でゲームを作っていたこと。
ひとりよがりなゲームを作ってみても、それがが面白くなるか、つまらなくなるか、結果は運まかせなんです。
たとえ面白くなったとしてもそれは偶然の産物。成功は何度も続きません。

本当に面白いゲームを作りたかったら、意識的にユーザーを楽しませる工夫をしなければならない。

楽しませる工夫を実践するためには、とにかくひとりよがりを捨てる。我をなくす。
客観的な視点を得るためには冷徹になる必要があるんです。

では自己表現の欲求はどうする?完全に捨て去るべき?
いいえ、その欲求は開発を続けるための原動力になります。

ゲーム開発は他者への奉仕と言えましょう。
自分の主張は、ゲームの片隅に忍ばせるように配置する。
そのぐらいでちょうど良いんだと思います。

ずいぶん長くなってしまったので、今日はここまで。
この話題は、そのうちまたすると思います。

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